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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1125号 判決 1961年11月18日

控訴人(被告) 伏見税務署長

被控訴人(原告) 西岡工業株式会社

訴訟代理人 松原直幹 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、事実関係につき、所得税法は納税義務者の一定期間の営業利益を基礎として税額を具体的に決定するにつき、特に青色申告方法によることを奨励するため、青色申告を為す納税者の税額決定については、特に明確なる申告否定の根拠なき限り申告を尊重すべきものとし、従つて申告の適正を否定して更正決定を為すについては、その決定書に更正の理由を附記すべきことを要求しているものであつて、ここに要求される理由附記は、青色申告中如何なる部分が如何なる理由で否認されるのであるかを申告者に理解される程度に指定すべきが当然であり、単に「仮払金三三〇、〇〇〇円」と記載したのみで、指摘すべき数ケ所の争となるべき数額を合計した数額を以て示したため、どの部分の合計であるか容易に理解し難い指摘の方法を採つている点で不適法であり、また「仮払金」なる勘定科目名を以て、これに符合する数字の見当らないような更正決定をすることは、その指摘する争点すら理解し難いものであつて、正当な理由附記とはいえない。控訴人の主張する趣旨の「仮払金」は会計規則上の「仮払金」に該当しない。また、被控訴人の帳簿記載は、被控訴人がその得意先より売掛金を約束手形によつて受取つたとき、これを直ちに現金支払に充てられないため、被控訴人の監査役が個人的に右手形を預り、手形額面相当の現金を立替えて被控訴人の会社会計に入れ、恰も得意先から売掛金を直接に現金を以て集金した如く記載、次に右手形の支払期日前に被控訴人の手持現金が豊富になつた際、さきに監査役に預けた手形を被控訴人会社の所有に復せしめて、これを仕入先に対する支払のため現金に代えて交付したときに、これを現金を以て支払つたごとく帳簿処理を為し、以て右監査役の立替現金を決済した事実についての記載であつて、右帳簿記載は取引事実を機械的写実的には記載してはいないが単にその中間の複雑な取引処理の点を省略したのみであつて、右の程度の帳簿記載は損益計算の正確を期する目的には反しない程度のもので、納税申告のための帳簿処理としては正当であり、これに基く申告は損益の不正申告とは言い得ないし、いわんやこれだけの理由で納税義務が増加される理由がない、と述べ、立証として当審証人植松一男の証言、被控訴人代表者西岡長五郎尋問の結果を援用し、

控訴代理人において、事実関係につき、法人税の更正決定は納税義務を新たに創設するものではなく、或る法人が或る事業年度につき課税せらるべき利益を有し、法定の課税要件を充足するときには、一般的自働的に抽象的納税義務が発生し、租税債権債務関係が成立するのであつて、この場合の行政処分は、これによつて新たに義務を課し、財産権の侵害を生ずるものではないから、この場合の処分の理由附記は、条理上当然に要求されるものではなく、単に政策的なものに過ぎないから、理由の記載の程度もこれに副うように解すべきであり、青色申告制度における諸種の特典といえども、申告に誤りある場合に更正決定を事実上不能ないし著しく困難ならしめることまでを含むものではない。そして帳簿書類の不真実を指摘する場合において、具体的に個々の記載につき指摘することは理想的であつても、税務当局の行政事務としては事実上不能で著しく困難であるから、その指摘方法は最も事情を知る申告者に対して、総括的にその項目と金額とを挙げ、相手方が納得し得る程度であれば十分であるといわなければならない。そして被控訴人は、再調査請求書によつても明白なとおり、本件更正決定の「仮払金三三〇、〇〇〇円」という記載によつて、具体的に、被控訴人が大鳥居工業所から受領した手形の帳簿処理に誤りがあるとして指摘されたものであることを十分理解していたものであつて、更正決定の理由が申告者に理解し得る程度に具体的に示されることを必要とする要求を充たしているもので、法人税法第三二条後段の理由附記としては、これで十分である。

「仮払金」というのは、会計理論上の意義は、会社が金銭或は物品を支出したときに、一定の基準日において、なお最終的な処理方法が確定しない場合の一時的記帳のための勘定科目を指称し、税務上の取扱としても、会計経理の「仮払金」に対する解釈、取扱も右会計理論に従つているが、税務調査の結果、会社の経理方法の誤謬又は不正を発見し、脱漏又は隠匿された所得を発見した場合に、会社経理とは別に課税所得を算定するにあたり、その不正、誤謬の原因、又は脱漏、隠匿所得の所在、正体が正確に判明すれば、これを正当経理に引き直して関係科目の数字を訂正し決算利益を修正することができるが、通常、これらを正確に調査発見することは甚だ困難であり、時にはかゝる不正の大筋や顕著な証拠のみを把握し、関連事項については後日の調査、推移により所要の処理をすることもあり、かゝる場合に、将来為すべき関連事項の処理方法が確定しないときに、これを後日に繰越すための処置として「仮払金」なる勘定手段を用いることがあり、これが税務上の「仮払金」処理で、かゝる取扱は多年税務当局によつて慣行され、法人の会計担当者に周知せられた用語、用法であり、本件もこの取扱によつたものである、と述べ、立証として、証人八神重春、山根重雄の証言を援用したほか、

原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

被控訴人が昭和二五年一二月より水道工事請負業を営む法人であり、青色申告納税者であること、被控訴人が昭和二八年一二月一日から昭和二九年一一月三〇日に至る事業年度の法人税課税のための所得申告を為すにあたり、その確定所得額を金三四、三三二円と申告したところ、控訴人はこれに対し昭和三〇年三月三一日更正決定をなし、その所得額を金三九三、八〇〇円と認定し過少申告加算税額を金七、五〇〇円と定め、被控訴人は右の決定通知を同年四月二日に受領したこと、被控訴人は右更正決定に対し再調査の請求をなしたが、同年一一月三〇日棄却せられ、さらにこれにつき大阪国税局長に審査請求をしたが、昭和三一年六月二六日棄却せられたこと、前記更正決定の通知書には、更正の理由として「仮払金三三〇、〇〇〇円」なる記載があり、この分が所得額として加算されたことは、いずれも当事者間に争がない。

よつて先ず、被控訴人の前記事業年度内に右の「仮払金三三〇、〇〇〇円」として表示せらるべき課税所得が存在したものと見られるか否かにつき審按する。

被控訴人の前記事業年度の課税所得額認定の根拠となるべき被控訴人の当期損益計算書に計上された利益金額が金二八、六七五円であり、右のうち損金に計上すべからざるものとして諸税金計三八、五九七円、計上外で損金に計上し得べきものとして減価償却額二、七四〇円、益金に計上すべからざるものとして株式配当金六八〇円、差引金三五、一七九円の課税所得額に加算すべきものが存することは当事者間に争がなく、控訴人は右以外に課税所得として売上金脱漏分金三三〇、〇〇〇円が存すると主張し、それは簿外現金としてあつたもので、昭和二九年三月一〇日頃金一三〇、〇〇〇円、同月一三日頃金二〇〇、〇〇〇円をいずれも一旦被控訴人の帳簿内に繰入れ、その後これを簿外に出し、隠匿しているものと主張する。そして被控訴人が昭和二九年三月一〇日訴外大鳥居工業所より売掛代金の支払として現金一〇〇、〇〇〇円を受入れ、しかも帳簿には同人よりの受入金として現金二三〇、〇〇〇円と記帳したことは当事者間に争がなく、その差額金一三〇、〇〇〇円に該当するものとしては、成立に争のない乙第一号証、成立並に原本の存在につき争のない同第九号証によると、前記大鳥居工業所より同年同月二五日に振出され、被控訴人が受取つた金額一三〇、〇〇〇円の約束手形が存することが認められるほか他に同人よりこれに相当する現金受入の事跡がなく、右手形が同月一〇日に受取つたものであるとの被控訴人主張事実は、たやすく措信し難い。甲第五号証の一、二の記載と、被控訴人代表者尋問の結果(当審及び原審)を措いて他にこれを証するに足る資料がない。そして右手形を同年四月二二日訴外森川種三郎への債務の支払に充てたこと、及びその記帳を小切手決済即ち現金支払の如く処理したことは当事者間に争がない。

次に被控訴人が同年三月一三日前記大鳥居工業所より売掛代金の支払として現金二〇〇、〇〇〇円を受入れた旨帳簿記載をしたことは当事者間に争がなく、右の受入金に該当するものとしては、前記乙第一号証、成立及び原本の存在に争のない同第一〇号証によると、同人より同年四月五日に振出され、被控訴人が受取つた金額二〇〇、〇〇〇円の約束手形の存することが認められるほか、同人よりこれに相当する現金受入の事跡は見当らず、右手形は同年三月一三日に受取つたものであるとの被控訴人主張事実は、前掲措信し難い甲第五号証の一、二の記載、被控訴人代表者尋問の結果(当審並に原審)を措いて他にこれを確認すべき証拠がなく、右手形が同年四月七日頃に訴外水田清太郎商店に対する債務の支払として交付され、しかも被控訴人の帳簿にはこれを現金支払と記載したことは当事者間に争がない。

そうすると、被控訴人の会社経理面において同年三月一〇日に金一三〇、〇〇〇円、同月一三日に金二〇〇、〇〇〇円、合計三三〇、〇〇〇円の現金の受入があつたものと認めざるを得ず、右現金の支出先は甚だ明確でなく、被控訴人はこの点につき、右記帳通りの日に右金額に該当する受取手形があり、これを現金に替えたものと主張するが、その該当日に手形受入のなかつたことは前認定の通りであるから、右主張は採用できず、また右記帳日に受入を予想された手形が受入れられなかつたので、当時の監査役西岡長次郎が個人財産(同人の借入金その他)により右に相当する現金を立替えて被控訴人会社へ入金したものと主張するけれども、果してその通りとすれば、右の立替金をそのまま同人からの借入金ないし仮受金として記帳するが通常であり、何故に真実入金なき取引先よりの受入処理をなさねばならないかその理由と必要性は甚だ理解に苦しむところであり、また、右西岡の立替資金の借入先として被控訴人の主張する事実につき、右主張に副うが如き証人西岡敦子、卯野夏江、長谷川徳松の証言は、すべて真実性に乏しく、そのまゝこれを採用して右被控訴人主張事実を肯認するに至らない。そしてその他被控訴人の全立証に徴するも右西岡の個人立替金の入金事実を確認することができない。そうすれば前記日時に合計金三三〇、〇〇〇円の出所不明の現金が被控訴人会社へ入金され、翌四月中に社外に逸出したものといわねばならないが、この事実から、被控訴人は右の当時、比較的自由に使用し得べき現金を自己又はその関係人の許に有していたものと認めることができ、それが一時被控訴人の会社内に存在していたことが明白である。そして証人八神重春、山根重雄、植松一男の証言、原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果(その一部)を綜合すると、被控訴人会社は昭和二五年までは訴外西岡長次郎の個人企業であり、会社設立後においても同人は監査役の名義で会社経営の実権を握り、昭和二九年一二月に死亡したのであるが、本件係争事業年度においては同人の指示で記帳された帳簿内容の真相は代表取締役も会計担当者にも正確に把握し難い状況であり、控訴人が本件更正決定のための調査に赴いた当時は、前記現金の移動と帳簿記載との不一致を的確に説明できる者がなく、右現金が存在したことは一応認められてもその出所は遂に控訴人もこれを明らかに為し得ないままで調査を打切り、前記記帳の不正確さの裏付け調査以外には具体的な売上金等の隠れた入金、従つて具体的な課税利益等も当時調査発見されたことはなく、ただ専ら前記記帳現金の存否の点に拘泥し、前記の通りその出所、帰属を突き止めないままで、これを別途現金即ち簿外資産と推定したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。

控訴人は、大阪国税局管内で作成した法人審理提要に拠る水道工事業者としての標準利益率の推計により被控訴人の標準利益額が八五四、七〇〇円である筈であり、これと被控訴人主張の利益額との対比により、前記現金を売上金の故意の脱漏即ち売上収入の隠匿であると主張するが、その資料として挙示する成立に争のない乙第七号証の一、二の記載は甚だ画一的機械的であり、証人山村秀雄の証言に徴するも、右は業績中等の業者の資料によつて作成されたもので、あくまでも一つの基準であり、諸種の特殊事情による調整の要を免れず、しかもその実際の適用に当つては、右の特殊事情の申告、斟酌の点に紛争調整の主たる困難が存する実情であることが明白であるから、全く信頼すべき資料のない場合の推計又は調査探究の基準材料としての価値は否むことは出来ないとしても、他に拠るべき資料があり、調査の材料の見出し得る場合を含んだすべての場合に、この種の資料のみによつて納税者の利益を推定し、容易に覆し得ない判断の資料としての価値を認めることには左袒し難く、被控訴人の業績についてこれを見るに、本件係争事業年度に続く昭和三〇年度の決算は赤字であつたことが当審及び原審における被控訴人代表者尋問結果によつて窺われ、現に特殊事情が甚しく支配し、右資料通りの結果は実現していないことが明白であるから、前記推計のみを以て、無条件に、青色申告法人たる被控訴人の本件事業年度の収益、殊に売上金収入の存在確定の資料とすることはできない。そして、控訴人が本件調査にあたり、具体的に他の売上金収入の存否につき格別探究を試みず、その成果も得なかつたことは前認定の通りであるから、結局、控訴人の調査の結果及び本訴における控訴人挙示の証拠によつては、被控訴人の財産内に一時出所不明の現金(これも若し借入金であるとすれば、一面的な資産的取扱のみで処理せらるべきものでないが)若しくはたかだか被控訴人の簿外資産たる現金の存在の事実を推定し得るのみであつて、この事実と、それが売上金収入であること、いわんやそれが当該課税年度における売上金収入であることとについては何等必然的な結び付きがなく、かゝる断定を下すことが躊躇されることは、現に控訴人が更正決定の理由として、これを収入面で把えて認定売上金、又は認定仮受金等と判定することなく、わずかにその逸出面のみから見た「仮払金」なる名目を用いた事実が、これを実証して余りがあるということができる(反面から言えば、記帳以外の「仮払金」が存することは、通常単に未確定支出が存することを意味するのみであるから、直ちに損金取扱が否定される訳のものではなく、従つて、当然の利益増加とはいい得ないことになる。それゆえ、税務上の取扱として「仮払金」に控訴人主張のような損失否認的意味を包含せしめようとすることには、少くとも疑義が存するであろう)。そうすれば結局、控訴人主張の売上金三三〇、〇〇〇円脱漏の事実はこれを認めることができない。

そうすると、本件更正決定は、その理由附記の当否について判断するまでもなく、その決定額のうち、前記当事者間に争のない所得加算額三五、一七九円、被控訴人自ら計上した利益額二八、六七五円合計六三、八五二円(百円以下計算外)と、これに対する法人税法所定の計算に基く過少申告加算税六〇〇円を越える部分は、その根拠を欠くから違法として取消を免れず、被控訴人の請求のうち、右の限度内の請求を認容した原判決は相当で控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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